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1-23 藍歌の不安

Auteur: 柚月なぎ
last update Dernière mise à jour: 2025-04-14 11:40:07

 夕方になった頃、頬に触れられた冷たい手に気付いて目が覚める。

「········母上、もう起きても平気なの?」

 困ったような顔で藍歌は見下ろしてくる。

「ええ。でも今度はあなたがそんな状態だったから、驚いてしまったわ」

 自分の寝台の下で倒れていた無明の姿を見た時、心臓が止まるかと思った。目が覚めて最初に視界に写った我が子は、顔色が悪くとても苦しそうに息をしていたのだ。だが今の力が抜けた自分の腕では寝台に運ぶこともできず、額の汗を拭ってやることくらいしかできなかった。

「まだ起き上がらない方がいいわ、」

 無理に起き上がろうとしている無明の肩を抱いて優しく諭すが、ふるふると首を振ってなんとか身体を起こす。

「大丈夫。さっきよりはずっと楽····って、あれ?」

 なんとか身体に力を入れて起き上がろうとしたその時、身体に掛けられていたのだろう薄青の衣が、膝の上にはらりと落ちた。毒が回っていたはずの身体がかなり楽になっている。薄青の衣を軽く握って、無明は白笶が毒の処置をしてくれたのだと察する。

(目が覚めるまで、ここにいてくれれば良かったのに。奉納祭の御礼もまだ言ってない····)

 外の様子を見れば夕方になっていた。どうやらあれからかなりの時間、ここで眠っていたようだ。

「母上、父上からの使いはまだ来ていないよね?」

「なにかあるの?」

 こく、と頷き、藍歌が倒れた後に起こったことをすべて話す。奉納舞が上手くいったことや、その後のことも。

「では、あの方がこんな企みを? いったい何のために、こんな、」

 正直、あまり関わりのない人物の名前が出たことに、藍歌も腑に落ちない表情をしていた。

「それはもちろん、本人の口から、宗主の前できちんと話してもらうよ」

 どんな言い訳をしようが、絶対に言い逃れができないようにする。そして正当な罰を下してもらうことが、今回の件のけじめなのだ。

「母上の方こそ、まだ身体を休めていた方がいい。俺は大丈夫だから、」

 ね、といつもの無邪気な笑みを浮かべ寝台に促す。仕方なく、藍歌は言われるがままに元の場所へ戻った。

「失礼します。宗主より公子様にお呼びがかかりました。準備が出来ましたら、お声掛けください」

 外から聞こえてくる声に、うん、わかった! と無明は答える。衣裳を着替えるのも面倒なので、髪の毛だけいつものように後ろで一本に括る。赤い紐が編み込まれたままの髪も一緒に括っているため、それはそれで少女のような姿だったが特に気にする様子もない。

「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい。でも、無理はだめよ、」

 生まれた時に見たその瞳は、それ以来仮面の奥に隠れてよく見えなかった。けれども今はすぐ目の前にあって、なんだか懐かしい気持ちになった。手を伸ばしてもう一度頬に触れる。こんな風にしっかり触れてやることも、ずっとできなかったから。

「母上の手は、冷たくて気持ちいいね」

 ふっと目元を細め、どこまでも甘えるように笑って、無明は頷く。

 その細身の後ろ姿を見送って、静かに祈る。なんだか無明が遠くに行ってしまうような不思議な感覚があった。

 気のせいであればいい、と瞼を閉じ、藍歌は再び眠りに落ちた。

✿〜読み方参照〜✿

白笶《びゃくや》、藍歌《らんか》

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